【ウェビナー動画・資料公開】SLAと英語教育をどう橋渡しするか?

『あたらしい第二言語習得論』の刊行記念ウェビナーを行いました。このたびは400名もの方々にご参加いただき、誠にありがとうございました。

前半の講演については、以下で動画とスライドをご覧いただけます。

動画リンク:[URL]
講演スライド:[PDFファイル]

後半30分のQ&Aセッションは動画には含まれていませんので、主なやり取りをここでご紹介いたします。

Q1: 英語指導や英語学習に関して、著者が以前に思い込んでいたことはありますか?

高校生の頃、私は「文法書と単語帳を覚えれば英語は使えるようになる」と信じていました。当時、クラスで英語の成績が良かった友人たちも、同じようなことを言っていたのを覚えています。

また、帰国生の友人たちに囲まれて「英語は早く始めないとダメなんだ」と落ち込んだ経験もあります。しかし現在では、本書第10章で詳しく解説しているように、学習開始年齢の効果に関する研究から、「今からでも遅くない」ということが明らかになっています。実際、この話を講義で取り上げると、「やる気が出ました」という感想を多くの学生から聞きます。

研究者としても、自分の「思い込み」が覆される経験をしてきました。たとえば、第8章(156ページ)で紹介している文法学習の研究では、分散学習よりも、ある程度短期間で集中的に繰り返す方が効果的だという、当初の予想とは異なる結果が得られました。このように研究を通じて自分の予測が覆されることは、研究の面白さの一つだと思います。(実験の予測が外れるのは、しょっちゅうです)

▶私が学生の時に、心理学の成果とは全く逆の結果が出た論文です(リンク)。

Q2: 英語教職課程の学生に向けて、どのようなメッセージを込めていますか?

「英語習得のプロセスやその奥深さを知ることで、英語を教えることがもっと面白くなる」—これが本書を通じて伝えたい一番のメッセージです。

ともすると英語の授業は、教師が一方的に講義をし、生徒がベルトコンベアのように知識を詰め込んでいくだけになりがちです。もちろん、分かりやすい解説も大切なのですが、本書でも示しているように、言語の習得には、実際に英語を使う機会—つまりインプット・インタラクション・アウトプット—が不可欠なのです(この点については、第1章の文法指導のところで特に熱く語らせていただきました)。

また本書の7章では、「学習者の心理」を取り上げていますが、この理解こそが教育の醍醐味につながると考えています。ペアやグループでの活動を通じて生徒同士の学び合いを促したり、動機づけや感情といった心理面に配慮したりすることは、特にAI時代において、人間の教師だからこそできる専門性です。良い学習環境を作り上げることは決して容易ではありませんが、それが実現できたときの喜びは何物にも代えがたいものがあります。

Q3: 文法指導(丁寧な文法解説)を行っても、同じ教室内での学習者間の「差」が出てしまうことは避けられないのでしょうか。どうすれば差を縮めることができるのでしょうか。

第6章の認知的能力の個人差で示しているように、集団内の差を完全になくすことは現実的ではないと考えています。SLA研究が示しているのは、一斉指導でも個別指導でも、習得のスピードには個人差があるという点です。特に文法習得については、「文法は一回で身につくものではない」ということが明らかになっています。そのため、一回目の説明で理解できないことを心配するよりも、その文法項目に触れる機会(読む・聞く・話す・書く)をどれだけ確保できるかの方が重要です。

また、本書第6章のISLA研究を深堀りでも紹介しているように、必要な練習量は個人によって大きく異なります。そのため、時間の経過とともに差は縮まるどころか、むしろ開いていく傾向にあります。だからこそ、ATI(適性処遇交互作用)の考え方を重視し、テクノロジーを活用して学習が苦手な生徒への手厚い支援を行うことが必要だと考えています。

Q4: PPPにおける最後のProductionの活動設定について、どのように考えるべきですか?

第8章で詳しく説明していますが、PPPの最後のProductionの活動では、できるだけPresentationとPracticeで練習した英文素材を再活用できる活動が良いと思います。

例えば、本書でも触れているように、ある有名人を紹介するレッスンであれば、その人物へのインタビューというロールプレイが効果的です。一方で、生徒に、好きな有名人を自由に選ばせると、PPで学んだ表現を使う必要性が薄れ、インプット・インテイクが不十分な状態でのアウトプットを求めることになってしまいます。

▶現実的な問題として、高校の教科書1課にかける時間は限られています。そのため、近年では扱う課の数を絞って、PPPでしっかりと定着を図る試みも出てきています。ご興味があれば、こちらのセミナーで田名部高校と葺合高校の紹介しています。【動画リンク

Q5: 自由進度学習は第二言語習得論の観点から見て有効でしょうか?

第6章で述べているように、認知能力と非認知能力の個人差を考慮すると、個別最適な学習計画を進めることは理論的には有効な方法です。この考え方は、教育心理学の大家であるクロンバックとスノウが提唱したATI(適性処遇交互作用)の理論とも合致しています。

ただし、教育方法の有効性を議論する際は、「誰を」「どのような環境で」教えるのかという文脈が極めて重要です。今回は小学校の先生からの質問を頂いていますが、たとえば、小学校の英語教育では、決められた授業テーマをこなす必要があり、授業時間も限られています。そのため、小学校の「英語」で、個別学習を導入するためにはどのような現実的な制約を乗り越えなければならないか考える必要がありますし、逆に英語という科目の性質から取り入れないという判断することは妥当だと思います。

Q6: 教科書の語彙や本文が肥大化している中で、どのようにSLA研究を活かせますか?

中学校の検定教科書の語彙数が増大していることは問題ですね。第2章のコラム(33ページ)で触れているように、限られた授業時間でどれくらいの語彙を学習できるかについては、具体的な数値が分かっています。リスト学習の場合、1年で1000語(1週間に25語)を習得できるという計算になりますが、これは非常にハイペースで、しかも一度覚えたら忘れないという理想的な前提に基づいています。

実際には、単語の意味だけでなく、様々な文脈で使える語彙知識を身につけるには、繰り返し出会い、使う機会が必要です。そう考えると、1年間で現実的な目標は400語程度になります。高校で単語集を使って多くの単語を教えたつもりでも、それは錯覚かもしれません。

SLAの重要な効用は、教師と生徒が学習について現実的な期待(realistic expectations)を持てることです。例えば、生徒がどれくらい語彙を学べるかという(現実的な)習得の観点に立てば、副教材を極力減らし、教科書での語彙定着を重視するなど、カリキュラムの見直しが必要かもしれません。

なお、1年に400語という数字は台湾の高校と大学のデータに基づくもので、日本のデータはまだありません。日本における現実的な語彙学習の目標を調べる研究が今後必要だと考えています。(語彙研究者の皆さん、是非、このテーマで研究を!)

Q7: これから研究者を志す若い世代へのアドバイスは?

研究者にとって最も大切なのは、「応用」と「基礎」という区分にとらわれず、純粋な好奇心に基づいて、まずは楽しく研究に取り組むことです。「役に立つか」という基準だけで研究を判断すると、視野が狭くなってしまいます。むしろ、自分の研究の面白さを他者に伝えられるようになることを目指してほしいと思います。
一方で、Instructed SLA研究であれば、実践に根付いた問題意識で、どういう示唆があるのかという視点は重要になってきます。ひとりよがりな研究課題の設定にならないように気をつけるにはどうすれば良いのか、研究者の視点からの(少々マニアックな)議論は、補章に書いています。若手研究者の皆様、是非読んでみて感想教えてください。

▶補章はこちらで読めます。

Q8: 理論の実践例(現場への落とし方)についての教えてほしい。

SLA研究の知見は、理論を現場に落とし込むことだけにあるのではありません。むしろ、現場で行われている優れた実践の効果を裏付けたり、それを改善する際に参照できるという所に、SLAの真価があると私は考えています。

たとえば本書第1章のコラムで紹介している村野井先生の2006年の著書『第二言語習得研究から見た効果的な英語学習法・指導法』は、既存の教育実践をSLAの理論的観点から意味づけた優れた例だと思います。日本には既に数多くの素晴らしい教育実践が存在しています。これらの実践をSLAの視点から捉え直し、さらなる改善の可能性を探ることが、より実り多い方向性ではないでしょうか。

もちろん、SLA研究者の中にも様々な立場があり、理論から生まれた効果的な言語活動も数多くあります。つまり、理論を出発点として授業改善を考えることも十分に意味があります。

このように、理論から実践へ、そして実践から理論へという双方向の対話が重要です。よく「理論を現場に落とし込む」という言い方を耳にしますが、それだけでは不十分かもしれません。本書全体を通じて、この双方向的な対話の重要性を強調しているのもそのためです。

▶これ以外にも多くの質問をいただきましたが、時間の関係上、すべてのご質問にお答えできませんでした。また別の機会にお答え出れば幸いです。ご参加してくださった皆様、誠にありがとうございました!

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Yuichi Suzuki’s Website (鈴木祐一 早稲田大学)

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